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HCJB(アンデスの声) 日本語放送 La VOZ No.196 (2000 9/10)

HCJB(アンデスの声) 日本語放送 La VOZ No.196 (2000 9/10)
HCJB(アンデスの声) 日本語放送 La VOZ No.196 (2000 9/10)

HCJB(アンデスの声) 日本語放送 La VOZ No.196 (2000 9/10)

宇宙からのメッセージ

21世紀への挑戦

日本初の科学宇宙飛行士


毛利衛
 2000年2月は2回目の宇宙飛行だったんですが、今回は陸地の立体地図をつくるため地球上をまるく182周しました。そこでここエクアドルの赤道上は2回、国全体では20回以上になっていると思います。スぺ-スシャトルの窓からみる地球は、あたり前のことですが、たしかに地球は球体だということがあらためてわかります。色は、勿論青なんですが、その青も単なる青でほなくて、燃えるような、輝くような青でした。そして地球の表面を白い雲がお
おっているわけですが、特にアンデスは高い山が多く、万年雪が雲とは違った白い輝きをみせていました。アンデスの山を超えると深い緑色ですね。いろいろな表情、いろいろな色があります。
 スぺ-スシャトルは、地球のまわりをわずか90分で一周しますから、24時間のうちに16回朝と夕をみるわけです。地球の表面をみると、太陽に照らされている部分が星間で、その逆の部分が夜で、それぞれ陸地があり、そこに住む人々にほそれぞれの時間があるんだなということがわかります。たとえばキト上空で太陽が輝いて正午、それが20分もするとアマゾンを飛んで大西洋を渡ってヨーロッパヘ行ってしまいます。そこでは夕飯を食べている。そのあと北にまわってロシアを通り、モンゴル、アジアになってくるともう完全な夜です。今回日本を通る時は夜が多かったのですが、みんな寝ているなと思っているうちに今度は朝がきて太平洋を横切って地球ぐるり一回転90分で一日が終わります。私の時計の文字盤は長方形の世界地図なのでその場所にあわせて時間が変わりますが、私自身90分で一日を過ごすわけにはいきません。時間というのは相対的なのだなということがわかります。また宇宙から地球をみて感じることは、人間というのはそんなに見えてこなくて、大きく見えるのは森林なんです。そういう森の中には多くの生命が住んでいるんだろうなというのが非常に感じられることでした。今回アマゾンの熱帯雨林を自分の足で歩きながらいろいろな思いが宇宙と重なってありました。多種多様な生命が息ずくジャングルで人間もとけこんで住んでいますが、そこに油田基地があったり、銀色の送油管が走っていたりすると異様に感じられ、人間だけはちょっと外れているのではという気持がしました。(毛利さんのエクアドル取材TV番組は10月放映予定)

 私が宇宙飛行士を志したのは14歳の時でした。その頃は遠いことに憧れていてその最たるものが宇宙でした。ガガーリン少佐が初めて宇宙を飛んで私の夢はかきたてられたのですが,当時日本人が宇宙飛行士になるのは実現不可能でしたから、何か新しいことを発見したいと思って科学者の道をすすむことにしました。小学生の時からラジオをつくるのが好きで理科クラブに入ってゲルマニュム・ラジオを組み立てたり、そのあとは真空管ラジオをクラブの先生と作って短波放送をきいていました。遠くに憧れていましたから日本にいて地球の反対側からの声がきけることにわくわくしながら中学から高校にかけてラジオをきいていました。それから科学者になって仕事をしているうちに宇宙で仕事をする科学者を募集しているという新聞広告がきっかけで、それからは信じられないほどなんですが、結果的には自分の少年時代の夢がつながって宇宙飛行士になれたのです。しかし、私は今21世紀に向けてさらに挑戦してみたいものがあります。人生ほは戦の連携です。挑戦することによって人生はいききとしてきます。何でもいいですから、特に若い人は自分の人生をかけてやってみたいと思うことに挑戦してこつこつとやっていってください。そうすれば時がくれば必ず夢は実現するものです。

HCJB(アンデスの声) 日本語放送 La VOZ No.196 (2000 9/10)

毛利宇宙飛行士STS-99地球観測ミッション

宇宙開発事業団(NASDA)
宇宙環境利用システム本部 宇宙環境利用推進部
有人宇宙活動推進室長

宇宙飛行士 毛利衛(もうりまもる)

1948年1月29日、北海道余市郡余市町生まれ。
 北海道大学理学部化学科卒業。同大学大学院理学研究科化学専攻修士課程修了後、オーストラリアに留学。南オーストラリア州立フリンクース大学大学院理学博士課程化学専攻に入学、1976年7月に理学博士号を取得。
 北海道大学工学部原子力工学科で助教授を務めていた1985年8月に、宇宙開発事業団より第1次材料実験(「ふわっと'92」、米国航空宇宙局(NASA)ミッション名「スペースラブ-J」)のペイロードスペシャリスト(PS:搭乗科学技術者)とし向井千秋、土井隆雄とともに選定される。1987年7月~1987年12月、米国アラバマ大学ハンツビル校微小重力実態研究センターにて研究に従事。
1992年9月12日~20日の8日間にわたり、スペースシャトル「エンデバー号」に日本人初の科学宇宙飛行士として搭乗。第1次材料実態のPSとして、アメリカ人クルーと協力し、日米共同で開発された実態装置を使用して宇宙空間の特性を利用した日本側34テーマ(材料分野22、ライフサイエンス分野12)、米国側7テーマ、日米共同実験2テーマの計43テーマの実験を軌道上で実施した。
1996年8月からミッションスペシャリスト(MS:搭乗運用技術者)の資格を取得するために、NASAのMS基礎訓練
コースに参加し、1998年4月に修了、MSとして認定された。
 2000年2月に、シャトル・レーダー・トポグラフイーー・ミッション(SRTM)と呼ばれる地球観測を目的としたSTS-99ミッションにMSとして搭乗。スペースシャトル「エンデバー号」にて、地球表面の詳しい立体地形図作製のためのデータの取得を行った。
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