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バチカン・リスナーズ・ニュース OCT. 1997 No.83

バチカン・リスナーズ・ニュース OCT. 1997 No.83
VATICAN LISTENERS NEWS

バチカン・リスナーズ・ニュース OCT. 1997 No.83
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VATICAN LISTENERS NEWS
OCT. 1997 NO.83
バチカン・リスナーズ・ニュース

発行所:カトリック中央協議会・広報部・バチカン放送局

愛さんさん
           聖心布教会
             高山 貞美


 数年ぶりに戻ってきたローマの街は、ほとんど何も変わっていなかった。テルミニ駅からサン・ピエトロ広場に向かう64番のバスは、相変わらず混み合い、様々な色をした人々が乗りこんで来る。かなり荒っぽい運転だが、パスタ料理で鍛えあげた胃袋と脚をもった人々は、ちょっとやそっとのことでは振り落とされない。お気に入りの
バールの近くでバスを降り、昔なじみの店内に入ると、そこはカプチーノの香りが甘く漂っていた。
 このようにして始まった二度目のローマ留学である。最初のときと違い、今回はだいたいのことをすでに知っている。この事実が私に精神的なゆとりを与え、それと同時に今までは知らなかったローマの側面、イタリアの良さを示してくれる。その中でも、まず第一に挙げられることは、イタリア人の友人が増え始めたことであろう。数年前は、ほとんどの時間が大学での講義と修道院に戻ってからの自習に費やされ、親しくなった友人とは、大学での知り合い、つまりほとんどが外国から来ている留学中の司祭、シスターであった。
 ところが、今回はほんの少しずつではあるが、イタリア人の生活の中に入りこんでいるという実感があるのである。修道院で働いている人々や近くのバールで知り合った人とけっこう話が通じるばかりでなく、親しくなるにつれ、彼らの話を聞いたり、相談を持ちかけられたりする。いつの間にかそんな立場になっていたことに、自分で
も気づかないでいた。もちろん、相談に乗ったり、あるいは「このことは秘密だからね」と念を押されて聞き及んだとしても、一体どこまで私が信頼されてるのかが、わからない。しかし、私がイタリア語をどれだけ正確に理解し、誠実に答えているかどうかは、相手には一目瞭然らしい。
 私にも日本人としての悪い癖があって、たとえば七割話がわかれば、三割わからなかったとしても、つい「そうそう」と相づちを打ったり、あいまいな返事をしてしまう。ところが、真実は残りの三割の中に隠されていることが多い。私が日本人なので、LとRの発音が上手にできなくても聞き逃してくれるが、いい加減な受け答えはすぐ
見破られ、決して見逃してはくれない。「どうしてわからないのに、わかったような顔をしたのか。どの言葉がわからなかったのか?」こうして、イタリア語の授業が突如として始まり、私は無料で聴講生になるのである。ときには、お灸も据えられる。
 私が現在お世話になっている修道院は、鹿児島などに教育施設を持つ、あるブラザーたちの総本部である。広大な敷地に恵まれ、教会の国際的な会議もしばしば催される。裏庭には、笠松やマグノリアの木が生い茂り、小鳥たちが七色の声でさえずりあう朝夕は、幻想的な響きさえある。特に全身が黒くくちばしだけが黄色の鳥をよく見かける。夕暮れなずむころに、天に向かって大きく口を開けて自慢げに歌う歌は、絶妙である。
 小鳥たちが戯れるこの修道院には、イタリア人やエチオピア人など二十数名がそれぞれの仕事に従事している。そんな中でここで紹介したいのはあるイタリア人の夫婦の話である。二人とも共働きでここに二十年近く勤め、子どもは三人だそうである。主人は、アイロンがけや服の修繕が専門で、奥さんはたくさんある部屋の掃除係である。私は奥さんとは、あまり口をきいたことはないのだが、主人のほうは非常に陽気で、ときどきおしゃべりをともにする。会話の端々に「主の思し召しならば」とか「神に感謝」という言葉が自然に流れ、信仰の深さを感じる。
 ある時、無口な奥さんのことに話が及び、私は一般的な話として「それにしてもイタリアの女性はたくましいですね」などとうっかり言ってしまった。彼は笑いながらも、しかし私の娩曲な表現の意味するところをしっかりと捉えていた。彼は言った。「彼女も婚約した当時は今のようではなかったんだよ。僕が彼女を甘く愛しすぎたせい
なのかな。20キロも太ってしまって・・」
 胸に押し寄せ、心洗われる言葉だ。なんとやさしさとほほえみに満ちているのだろう。言葉の奥に存在する愛の確かさを祝福しながら、日常をつましく謙虚に生きる人々の幸いについて思いをはせた。この二人は今年結婚25周年を迎えたばかりだという。まだ彼らの家を訪れたことはないが、きっと思いやりのある子どもたちがいて、祈りの習慣が生きている家庭にちがいない。私もカトリック司祭として、神の慈悲を語り、愛の道を説くものであるが、このような言葉にはとてもかなわない、としみじみ思う。


ローマ探訪(22)
トラステヴェレの聖女セシリア教会
SANTA CECILIA IN TRASTEVERE



 今回ご紹介する教会はローマの下町、トラステヴュレにあります。周囲の古びた建物から住民の甲高い声が聞こえたり、主婦がシスターと立ち話をしたり子どもたちが騒がしく遊んでいたり、多分これは教会がここに建設されて以来変わらない光景ではないかと、想像できます。
 この教会は、教皇パスカリスー世(817~824)によって9世紀に建てられました。当時すでに、トラステヴュレのセシリアの家の跡に建てられていた礼拝所を改修し、教会にしました。
 門を入ると前庭があり、その奥に教会があります。この教会は16世紀以降大きく改修され、ポルティコ、鐘楼が作られましたが、12世紀ごろの簡素な雰囲気が感じられます。教会の中は、三廊式の,バジリカ形式で内部はバロック的様式に変えられました。この教会で注目すべきは後陣のモザイクです。これは9世紀の作品で、中央のキリストの右側に聖ペトロ、聖ヴァレリアノ、聖セシリア、左側に聖パウロ、聖アガタ、教皇パスカリス一世が取り囲んでいます。16世紀末、改修のため聖女セシリアの墓を開けたところ、聖女の遺体は現在祭壇の下に置かれている彫刻(マデルノ作)と同じ姿で横たわっていたといわれています。
 地下に降りるとローマ時代の住居跡が見られ、その奥に行くと地下礼拝堂があります。地下礼拝堂は19世紀末ビザンチン風に装飾が施されました。この礼拝堂には、聖女セシリアと夫のヴァレリアヌス、その弟ティブルティ
ウスおよび夫妻が獄中にあった時改宗した監守マクシムスなどの遺体も埋葬されています。
 セシリアは3世紀、ローマに住んでいた貴族の娘で、キリスト教徒として成長しました。
 親の勧めで異教徒のヴァレリアヌスという青年と結婚しました。結婚式のあと、彼女は夫に「自分の身はキリストに捧げたので純潔を守らなければならない。これを尊重してもらわないとあなたは私を見守っている天使によって罰せられるでしょう」と言い、夫の理解を求めました。夫は、「私がその天使を見たら許そう」といいました。
 セシリアは夫をカタコンプの中でキリスト教を教えている聖ウルバノ(教皇ウルバノ一世222~230)のもとに送りました。ヴァレリアヌスはここでキリスト教徒に改宗し、妻セシリアの待つトラステヴェレの自分の家に帰りました。室内は楽の音と芳しい花の香りで満ちていて、そこに天使が現れました。ヴァレリアヌスにはバラの冠を、セシリアには百合の冠をそれぞれ頭にのせました。その後、夫妻はキリスト教徒に改宗したヴァレリアヌスの弟ティブルティウスとともに布教を始めましたが、その信仰の深さゆえに投獄され処刑されてしまいました。夫の死後セシリアは自分の財産を貧しい人に分けたり、自宅を礼拝堂として提供したりしました。裁判官はセシリアにキリスト教徒であることを否認するように促しました。しかしセシリアは「なぜ偽りの証言をしなければならないのですか」と言って彼の要求を拒みました。
 サウナのようなローマ式の風呂場に閉じこめて24時間ずっと火をたき続け、湯気で窒息死させようとしましたがセシリアは死にませんでした。仕方なく死刑執行人が刃物でセシリアの首を切りましたが、途中で恐ろしくなって逃げ出しました。セシリアは3日間苦しんだ後、他界しました。こうしてその勇気と信仰の報いを神から受けました。
 音楽と聖女セシリアとはとても関係があります。伝説によれば聖女は音楽に包まれた生活を送り、オルガンを発明したといわれています。1584年に新設されたローマの音楽院は聖女セシリアを音楽の守護聖人に選びました。聖女セシリアの祝日の11月22日はこの教会で音楽会が催され、この日からローマの音楽シーズンが始まります。


ご存じですか
-死者の月-

 カトリック教会は秋の深まる11月を「死者の月」と定め、死者を追悼して死者のために祈ります。
 そして教会は11月1日を「諸聖人の祝日」2日を「死者の日」と2日間にわたって死者を思い起こします。
「諸聖人の祝日」は有名、無名、無数の聖人を各々別の二祝日をもって記念できないので、この日にすべての聖人をあわせて崇敬します。この祝日は5世紀ごろから行われましたが、835年に教皇グレゴリオ4世が、11月1日をその祝日と定めました。「死者の日」は今は世を去った人々が神の慈しみと愛によって、すべての罪の重荷から解放されて永遠の平和と栄光に受け入れられるように、と祈る日です。人々はミサにあずかり、故人の霊魂の安息を祈り、家族そろってお墓参りをします。


バチカン・リスナーズ・ニュース OCT. 1997 No.83
1997年10月~12月 番組予定表
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